【凡人の物語編】なかなか上達しないとあきらめるにはまだ早い!!

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皆さんこんばんは。一の太刀でございます。

前回は「天才の物語も好きですが、凡人が強豪に挑む話が好きです」といったようなお話でした。

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それに続きまして、今回は「平凡な人々を主人公とした物語をご紹介」です。

表題のように上達できな方々には特に読んでもらいたいものであります。

私が好きな天才・強豪に立ち向かっていく凡人および努力の天才、また、ただの市井の人々の生き様を描いたお話をご紹介したいと思います。

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野球漫画「キャプテン」

若い方は知らないかもしれません。1970年代に漫画、1980年代前半にアニメが放送されています。

この物語の主人公・谷口タカオは野球の超名門中学校「青葉学院」にいましたが、転校して「墨谷二中」の野球部に入部するところから始まります。

実は前所属の青葉では二軍の補欠であり、野球がとてもヘタな部類だったのですが、墨谷二中入部時は勘違いで青葉一軍レベルと思われたことで、奮起して練習を積み、実力をつけていきました。

そして厳しかった前キャプテンにもその努力が認められ、野球の当時の花形であった「四番・サード」を任され、次のキャプテンにも使命されました。

その時、谷口は自分には無理だと前キャプテンに訴えたのですが、その時の前キャプテンの言葉が良いです。その時まで青葉では二軍の補欠であることを隠していたのですが、そこで初めて告白します。しかし…

「そんなことはプレーを見て一目でわかったよ」

皆の期待にを裏切らないように努力するだけで精一杯なんですと谷口は言います。

谷口は部活が終わっても、朝も夜も神社の境内で父親に協力してもらい、練習に必死になってノックを受けましたが、どうしても望むレベルに達していませんでした。それでも、少しずつ上達していったのでした。

「谷口はその期待に立派に答えたじゃないか。影の努力でな」

(涙)(涙)

「今度はキャプテンとしてみんなの期待に応えてくれんか」

前キャプテンはすべてわかっていたのですね。谷口がヘタであること。そして、昼夜を問わず猛特訓をしていること。それを継続していること。

影の努力をしっかりと見ていたのです。

ああ、泣けてきます(涙)

これはアニメのシーンですが、ここから谷口はかつての弱いだけの自分とさよならをして、努力・努力でチームをひっぱり、全国大会へ導いていくのです。

この谷口タカオという主人公は、私たちと同じまったくの凡人です。

それまではノックを受けてもまったく取れず、当然バッティングも下の下。

さらにはキャプテンになってチームメイトにノックをする立場になってからもその「ノック打ち」すらまともにできないレベルというひどさ。

そんな彼は、とにかく努力し続けます。

そして最後にはその壁を何とか乗り越えてしまいます。

地区大会決勝までいったのに、対戦相手の青葉学院のあまりの強さに戦意喪失したチームメイトたちにも、その無謀とも思える「努力する姿」で最後は奮い立たせて、厳しい練習に身を投じさせてしまいます。

気弱で内気な性格の彼は、初めは野球がそこまで好きではなかったのではないでしょうか。下手くそで普通の努力ではロクに上達しなかったのですから。気軽に楽しみながら野球がしたいと。

しかし、墨谷二中に入り、その「環境の良さ」と「負けん気」と「とにかく努力する」ことに開花してからは「迷いなく」勝利に向かって突き進んでいきました。

とにかく「がんばる・がんばる」です。

物語はその後、谷口が引退し谷口含めた歴代の個性あるキャプテンたちの戦いを描いています。

谷口含めて4代の、いや、谷口前のキャプテンを含めた5代の墨谷二中の野球部の物語です。

谷口後のキャプテンたちもまた、それぞれが個性的な特徴を持ち、その時代の努力と挫折と栄光をみせてくれます。

私はこうして思い出しながら記事を書いているだけで、感極まってしまいます(泣)

そんな平凡な、どこにでもいるような彼らの戦いを描いたこの「キャプテン」がとてつもなく好きなんです。

ご存知なければ、できれば皆さんにも見てもらいたい、本当におススメのものです。

タイムスクープハンター

NHKで6期続き、映画も一本出ているこの番組は、日本の歴史の中に埋もれている市井の人々の生き様を映し出しています。

この番組では過去の時代の日本にタイムワープして、要潤さん扮する記者が「その時代・時代」の人々に密着取材をして「生き様」を見届けるというものです。

しかし、「歴史に名を残したような人物」には取材しません。

あくまでも、「名もなき市井の人々」にのみ取材をするものです。

1期約10~15回の放送でそのほとんどが一話完結であり、様々な時代にワープして様々な人々の生活に密着取材しています。

加賀から江戸へ毎年夏に「天然の氷」を運ぶのですが、その一行がどのような危機に会いながらも江戸まで運んで行ったかを取材する話。

明治時代にあったハレー彗星が地球に近づいた時の人々の話など、多種多様です。

余談ですが、ここにでてくる人々(俳優さん)はその時代に合った髪型をしているのですが、すべて「地毛」だそうです。「ちょんまげも地毛」

また、話し言葉も「その時代に合わせた話し方」をします。

リアリティを追求したためとのこと。

どれもこれも、私としては秀逸な話ばかりなのですが、その中でも特に好みのものをいくつかご紹介しますね。

ネタバレご注意です!!

風になれ!マラソン侍「シーズン3より」

安中市 めがね橋

江戸末期1855年、今の群馬県安中市にある安中藩で「遠足(とおあし)」と呼ばれる日本初のマラソンが行われました。参加人数96名、走行距離28km。

スタートが安中城、ゴールは熊野権現神社となります。

参加資格は50歳までの藩士。

といっても順位を競うものではなく、有事の際のことを考えて「藩士の心身を鍛えること」を目的としたものだったそうです。

そこでは6~7人ずつ班にわかれて行われたのですが、その中の2名に密着取材しています。

岡村喜四郎 43歳 「現役にこだわり、自らの限界に挑む男」

この時代ではもう初老にかかる侍ですが、彼にとってこの「遠足」は自分自身との戦いでした。

「年齢を超えた限界への挑戦」

岡村喜四郎はそう思っているのです。

若者たちに、そして自分に負けないために熱心に走る訓練をします。走りのプロフェッショナルである「飛脚」ナンバ走りをも習い、当日を迎えます。

喜四郎以外は皆が若者の班。

スタートから瞬発力ある若者にどんどん引き離されてしまいます。岡村喜四郎は黙々と自分のペースで走り続けるのですが、あっという間に差がついてしまいました。

最後尾を走り続けます。このままで大丈夫なのか?

しかし、中盤の「山道」から変化がでてきます。

若者たちのペースが落ちてきたのです。

岡村喜四郎は全く呼吸が荒れることなくフォームも崩れることなく「黙々」と進みます。

徐々に若者たちを抜き去っていきます。

「いけ!!喜四郎殿!」

私は心の中で叫んでしまいます(泣)

体力の衰えを感じつつも、それに抗い、己の限界に挑んでいるのです。

そして先頭の若者をついには抜き去り、トップでゴール!!

順位を競うものではないのですが、喜四郎は清々しい思いを語ります。

「今日このような機会を与えてくださった殿に感謝します。いざという時がきたら、殿の役にたたねばなりません。その日のために、走りの奥義を極めたいと思います。」

幕末がすぐそこにきていた時代。危機意識が高くなっていたその様な状況で、殿様のお役に立つという本分を忘れることはありません。

岡村喜四郎は「寡黙で己に厳い武士」そのものでした。

かっこよすぎます。

日下部伝蔵 28歳「母への思いを心に秘めて、因縁の対決に挑む若い武士」

日下部伝蔵は順位にこだわっていました。

母親がもう数ヶ月、病で床に伏せていたのです。癌でした。

医者からはもう長くないと…

しかし、日下部伝蔵は言います。

「それはあくまでも医者の見立て。気持ち次第ではいくらでも回復すると信じています」

「精進を怠るなと母は言いました。私にできるのは精進を重ね、競い足に勝つことです」

「それが母の回復の一番の薬となるはずです」

日下部伝蔵にはライバルがいました。

相手は名家の真下蒔太。

日下部伝蔵の母は父と結ばれましたが、本来は家同士のつながりで真下家に嫁ぐはずでした。しかし、周りの反対を押し切り恋仲であった日下部の家に嫁ぎ、真下家は面も苦を潰されました。その因縁から父がさんざんその名家から虐げられ、苦しい生活をおくらされていたようです。

最近も、その真下蒔太とは砲術の訓練にて勝負の時がありました。どちらの技術も高く、共に的の真ん中へ命中するもほんのわずかな差で真下蒔太に軍配が上がっていたのです。

その様な状況のなか、二人は互いにライバルと認め合い、この「遠足」でも順位を競うものだと認識していたのです。

しかし、日下部伝蔵の母が当日スタート直前に危篤との知らせ。

藩は後日に日下部・真下の班のみ特例で後日にしても良いとの話をしましたが、日下部伝蔵は悩みながらも真下蒔太との戦いを選びました。

母のためにも走る!

この班は日下部・真下の二名だけです。

スタートから日下部伝蔵は先頭に立ちます。わずかに優勢で進みます。

しかし、真下蒔太はずっとチャンスをうかがっていました。日下部伝蔵が依然としてトップ。

しかし!日下部伝蔵は足を滑らして転倒!

そこを真下蒔太は見逃さずに一気に抜き去ります。

それでも日下部伝蔵はくらいつき、真下蒔太のすぐ後ろを走り続けます。

最後のカーブから階段を駆け抜ける間際、渾身の力を込めて日下部伝蔵は走りぬき、最後の最後で真下蒔太を抜きさりトップとなりゴールしました。

しかし、彼の本当のゴールはそこではありませんでした。

ゴールした印をもらうと、すぐさまもと来た道を戻ります。

走り続ける彼の先には病床の母が待っているのです。

走り続けてようやく自宅に戻った日下部伝蔵。

母の手を取ると彼女はまだ生きています(涙)

「遠足で真下に勝ちましたぞ!私は母の息子で幸せであります!」

それを涙しながら聞いていた母は優しい笑顔の中、亡くなられました。

おそらくは、その後も日下部伝蔵は力強く生き抜いたことでしょう。

緊急指守!守れ秘伝の味(シーズン5 スペシャル)

古くから伝わる「うなぎの調理法」の取材。時代時代の焼き方や、関東、関西の味の違いなどかば焼きの歴史も知ることができるものです。

1922年(大正11年) 江戸の本郷にある「うなぎ屋・柳本」の六代目・柳本金次郎には悩みがありありました。跡継ぎになるべき息子の幸雄は「うなぎ屋」に興味がない様です。

金次郎はご先祖様を思い、柳本の将来を憂いています。

古い「茶色のタレ壺」には江戸時代から代々受け継がれていた「かば焼きのタレ」が入っていました。

「このタレは「柳本」そのもの。このタレがなかったら「柳本」は生まれなかった」

「このタレがなかったら今の俺もなかった」

「つぎ足し、つぎ足しで守ってきたタレだ。それを絶やすわけにはいかない」

そのタレがどの様にして誕生したのかを取材しに、記者は1777年(安永6年)元日にさかのぼります。

江戸・本郷のはずれで大阪弁の男がうなぎ屋の屋台を開いています。客がたまに来るも「美味しくなさそうな顔」をして帰っていきます。

そのうなぎ屋の男は、初代である勘太郎でした。

上方の醤油(薄口)を使っていて、江戸っ子の口にはまるで合わなかったそのうなぎのかば焼きは、まるで人気がなく、店は今にもたたまざるをえないような状況でした。

しかし、勘太郎には上方のプライドがありました。味付けを変える気がなかったようです。

さらには気の荒い若い武士たちに理不尽な因縁をつけれられて、店をたたまないと切ると脅されます。

勘太郎にはそれを心配していた友人がいました。江戸っ子の仙吉です。これを使てみろと関東生産の中でも「質の高い濃口醤油」を勘太郎にプレゼントします。

そんな時にまた先ほどの若い武士たちが文句を言いに来ました。かば焼きを食って美味かったらそのまま営業させてくれと懇願する勘太郎。

濃口醤油にしたタレで作るもそれだけでは美味しくなかったようです…若い武士たちには激怒され切られそうになるも、なんとか助かりました。

そこから必死になって考え、江戸で受け入れられる「甘っ辛い」味にたどり着きます。

試行錯誤の末に出来上がったタレで、再びあの若い武士たちに食べてもらいました。すると…

「美味い!」

まさしく、勘太郎の「必死さ」と「意地」が作り上げたタレでした!

その時の勘太郎の「笑顔」といったら、何とも良いものなのです(涙)

そして四年後、勘太郎は「うなぎ屋・柳本」を屋台から店舗を構えるまでになりました。開店祝いにはあの若い武士たちから、これからはタレ用の壺ももっと大きなものが良かろうと「茶色の壺」が贈られました。

その「茶色の壺」こそが、大正時代まで受け継がれていた秘伝のタレを入れる壺となったのです。その後、いくつもの火事や震災から時の主人に守られ続けていくのです。

大正時代に戻ると、息子の幸雄の気持ちが少し変わっていたようです。「串うち三年 割き八年 焼き一生」と言われるかば焼きの「焼き」を任されていました。

七代目の心配はなくなりました。

タイムスクープハンター まとめ

いかがでしたか。

このタイムスクープハンターにでてくる取材対象者の人々は、皆が歴史に名を残すような人物ではありません。

共通するのは皆、「懸命に生きている」ということです。

「時代に取り残され、変化できずに抗う者」「懸命に変化する者」「務めを果たすために、身命を賭する者」「己の生き様を貫こうとする者」「人を思いやり、人のために尽くす者」

様々な人々が登場します。

皆、必死でした。そんな名もなき市井の人々が、実は歴史を作っているのだと教えてくれます。

「必死に生きる姿」とはなんと美しいものか。

そして、私たちもそうやって歴史を作れるということを感じさせてくれます。

タイムスクープハンター一覧 Amazon

坂の上の雲

誠に小さな国が、開化期を迎えようとしている。

明治時代、欧米列強がアジアの植民地化を狙っていた頃、小さな日本はそれに負けないために必死になって近代化に突き進みました。

白人中心で動いていた世界。中国はアヘン戦争でボロボロとなり、すぐそこにその帝国主義の魔の手が日本にも近づいてきていました。

その中でもがき苦しみ、奇跡的にも大国ロシアに勝ち、独立国として世界に認められるようになったというお話です。

中心人物は海軍参謀・秋山真之。そしてその兄の陸軍大将・秋山好古。さらには俳人・正岡子規。

この3人が中心となり話は進みますが、あまりにも壮大な歴史小説ですから、登場人物もかなりの数。

よくよく思えはこの「坂の上の雲」も小さな日本が懸命になって国家の存亡をかけて大国ロシアに挑む物語です。

今回はここまでにしますが、いつか「坂の上の雲」だけの記事を書けたらなと思う次第です。

おわりに

ご紹介したお話はすべて私の「琴線に触れる」ものです(涙)

「ゆるゆる」の私の性格で言うのも大変恐縮ではありますが

私もこうありたい、この人達に見せても恥じない生き方をしたいと思っています。

今回はクサい言葉が多くてすいません。

ここで表題に戻りますが、このブログの本道である「剣道」に置き換えても、これらの物語を知れば、なかなか上達しないからといって、簡単に諦めるにはまだ早いと思えるのです。

ではまた!

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