「剣道」の「オリンピック」参加について個人的見解

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gorin

皆さんこんばんは。一の太刀です。

12月に入り、今年もわずか。顧客への挨拶回りと新規契約への営業で目が回りそうです。

では剣道のお話です。本日は「剣道とオリンピック」です。

少し前にちょっとだけ話題になりましたこのお題を遅ればせながら記したいと思います。

皆さんはオリンピック参加に消極的な日本剣道連盟にいかが思いますか。賛否両論ありそうなお題ですね。

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剣道のオリンピック参加における一般的意見

日本国内では賛成派は少数なイメージがあります。

世界的にメジャーな競技として剣道人口を増やせたり、剣道をしている人々にとっては普段は経験者以外では話題になることのない剣道のお話がちまたでできるようになったり、スター選手が現れたりと華やかになることが予想され、それを良いと思われる方もいらっしゃるでしょうか。

また、特に韓国がオリンピック参加に熱を入れてるというお話を聞いたこともあります。日本文化の影響力が世界的にも強い今の剣道界を変えていきたいという意思があると聞いています。その他の国でも同様の考えを持つところがあるかもしれませんね。

反対派の意見としてはザックリと言うと剣道のその「精神」を変えられたくないというものが多いかと思います。

私も反対派です。

「剣道」とはなんぞや

shiaiaisatsu

以前の記事でもお話した通り、私としては剣道は武道として考えたいと思っています。

・過去記事 剣道は「武道」か「スポーツ」か

「剣道は武道かスポーツか」「試合と稽古は違うのか」剣道家は大いに悩む
皆さんおはようございます。一の太刀でございます。 先日からフィリピンの大統領が来日されております。本日は天皇陛下にお会いになる...

「武道」として考えるのであるならば、「スポーツ」の祭典であるオリンピックに参加する意義は少ないのではないかと思います。

剣道に関する全日本剣道連盟の見解

全剣連は剣道について以下のように述べています。

「剣道」とは、日本の武士が剣(日本刀)を使った戦いを通じ、剣の理法を自得するために歩む道を指し、剣道を学ぶということは、この剣の理法を学ぶことを意味します。敢えて言えば、剣の理法の奥にある武士の精神を学ぶことが重要で、剣の操法を厳しい稽古を通じて学ぶことは、その為の一つの手段と見られています。これが剣道の目的が「人間形成の道」と言われている理由です。

「人間形成の道」これが大原則としてある限り、剣道を単なるスポーツとしてではない、武道としてのあり方と考え、学んでいく姿勢を残していくべきかと、私は考えます。

オリンピックとは

ではオリンピックとはどのようなものか。

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の公式サイトにはこうあります。

オリンピックは4年に一度開催される世界的なスポーツの祭典です。スポーツを通した人間育成と世界平和を究極の目的とし、夏季大会と冬季大会を行っています。

ん?人間育成?

これは捨て置けません。剣道の理念に近いものがありますね。

であるならば、剣道が公式種目として扱われても何ら問題ないではないか。と考えてしまいます。

「人間的成長」を目的とすることに関しては反対する必要はありませんね。

そもそもスポーツマンシップとは「正々堂々と全力を尽くして競技するスポーツマンとしての態度・精神」である訳ですから

しかし私はどうしても参加することで剣道が良い方向へいくことが想像できません。

オリンピックの商業主義化

最近私が感じていることはオリンピック自体が利益追求しすぎており、そこまでして参加する意義があるのかという疑問も持っております。

開催地誘致や施設工事に基づく一連のニュースなどを聞く限りでは、「利権」や「賄賂」「談合」など負のキーワードを連想させることが多く、スポーツを食い物にしているようにしか見えません。

サッカーのワールドカップも同様ですが、世界が注目するほどの大きな大会では、利益も大きく、商業化されることはいたし方ない側面もあるかと思います。

ただし、それに剣道が乗っかる必要はないと考えています。あまり、利権がらみの醜いところを観たくないのが本音です。

また、他の種目となっている競技でも少ない人口のものがあるとはいえ、世界の剣道人口もさほど多くありません。

日経新聞の調べでは世界の剣道人口は250万人。東アジアとアメリカくらいしか人気がないと言われている野球でさえ、3500万人の競技人口がいるとのことです。

剣道界がいくら望んでも、IOC(国際オリンピック委員会)が正式種目として認めるかどうかの問題もありますね。

現在の世界大会の存在

1970年から始まった世界大会ですが、この大会があるだけで、国際化としては十分ではないかと思います。

色々なところで言われているように、剣道は勝敗を分けるにスポーツとしてはあいまいな部分がありすぎます。

誤審と思えるような試合などは地域の大会レベルはもちろんのこと、全日本選手権のような大きな大会でもよく見る風景です。

ある人が言っていましたが、

先の全日本剣道選手権2016での準決勝:勝見選手と宮本選手の試合の3本目。

宮本選手の「突き」の後、すぐに勝見選手が「面」を返しました。審判は勝見選手の「面」を取りました。

しかし、あの「突き」が名門国士舘とは言えイチ学生である「宮本選手」ではなく、例えば人気・実績共にトップクラスの「高鍋選手」が突いたものであれば、

審判は「突き」を取ったのではないだろうか。というお話です。

残心がないという話もありますが、それでも一本になることもあります。審判が受ける印象次第で決まります。

このような勝敗が微妙なもので決まる剣道が、オリンピックで行われた場合、確実に不満や文句を言ってくる国が出てくるかと思います。

世界大会でも私たち日本人の多くは選手の品格や礼節なども意識して観ています。そんな私たちからすると世界大会ではゲンナリする場面も見ることがありますね。

しかしそういった事柄が良い悪いではなく、剣道にはそうなる要素を十二分に持っているものであるということだと思います。

そうなるとビデオ判定やフェンシングのようなデジタル化されることも考えられますね。

剣道の本質から離れてしまうイメージしか沸きません…

国内の試合至上主義ともとれる現状については

もちろん、国内でも学生さんたちは試合に勝つことで剣道家としての将来が開けていきますし、勝つことの素晴らしさを知る中で日々稽古に励んでいると思います。

負けたらお叱りを受けたり、地獄の稽古が待っていたり。あぁ、恐ろしい!

是が非でも試合に勝たなければならない方々も多いでしょう。

しかし、この国内の現状が、武道とスポーツの間をつなげるギリギリの状況かと思っています。

国内のこの現状でもギリギリであるのに、国際化すれば必ず今のバランスは崩れ、剣道のあるべき姿から変わっていくでしょう。

私は、それでも良いとは思えないのです。

「完全スポーツ化」をして「変化」を求めていくべきか

しかしながら、賛成派の気持ちもよくわかります。

自分が大好きな剣道が、オリンピックという檜舞台で種目となり、世界が見ている中で優勝を争う。

これに日本代表が活躍し。それに憧れて、頑張る子供たちが増える。

それは素晴らしいことですね。

ただ、そうなった場合は私としては「今の剣道」とは完全に切り離したものとして割り切る覚悟が必要なのかなと思っています。

完全にスポーツとして考えなければ、私は、素直に応援することができなくなりそうです。

おわりに

2016akishiaimenuchi

私は試合が好きです。試合で一本を取った時の高揚感は素晴らしく、納得のいく一本を目指して、日々剣道を考えています。

もちろん今の私の剣道がすべて剣道の理合いに沿ったものではないとも思います。試合重視になるがあまり、おろそかになっていることもある未熟者であります。

それでも剣道の文化と理念を継承して次の世代につなげていきたいと思っています。

その「文化」が、変わってしまうとすれば、私はさびしくて仕方なくなってしまうでしょう。

とまあ、長々と私の勝手な意見を書いてしまいました。一つの意見としてご了承ください。

色々な意見があるかと思いますが、いずれにしても、剣道が良い方向へ発展しますように。

ではまた!

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